塾の日記 2018年6月1日|金曜日
空き缶のポイ捨てを止めるための終わりなき攻防戦
起
日課。
教養堂に毎日出勤して校舎のカギを開けて中に入る前に、私はすべきことがある。
教養堂の東側に花壇がある。この花壇は車1台がやっと通れるだけの小道に面している。
その花壇に、いつも空き缶が1本捨てられている。
そう、それはいつも必ず1本だけ捨てられているのだ。
毎日決まって。
私は毎度その空き缶を拾って、すでにそれ専用となっている空き缶用のゴミ袋に入れる。
それが私の出社時の日課だ。
毎日1本を袋に入れれば、それだけで一か月たらずで袋も大きくなろうというもの。
袋にたまった空き缶を見て、ため息をひとつつく。
袋が大きくなっていくのは、私のため息が一つ一つたまって大きくなるのと同じようなもの。
もし、袋がいっぱいになって、パンパンになったらどうしよう。
それを針で割ったら、私のため息が江南市の街中を覆うことだろうよ。
ちなみにその空き缶は缶コーヒーである。
たまに飽きるのか趣向を変える時があって、「ビックル」とか「オロナミンC」の空き瓶になることもある。
ポイ捨てされるのは、決まって、これである。
『ボス 地中海ブレンド』
きりっとした苦味&甘さ控えめ
爽やかアイスコーヒー
- コク
- ミルク感
- 苦味
- キレ
- 香り
- 甘み
南仏など地中海のリゾート地で愛飲されるフレンチローストの豆を中心にブレンド。
気品ある優雅な香りが広がる、甘さ控えめのすっきりとしたアイス専用コーヒーです。
(サントリーHPより)
“フレンチローストの豆に、気品ある優雅な香りが広がる” ……か。
よほど「ポイ捨て禁止」などの注意書き、もしくは木札を花壇に置こうかと思った。
そんな言葉が、ポイ捨ての主に届くのだろうか。
届かせるとしたら、それはヤツの心の奥までに届かせねばならない。
もし、人間の心を信じるならば、愛情とか愛おしさとか、きれいな花を踏まずに歩くとか、街を汚さないとか、そういう心の奥底にある人間の善なるものを信じたい。
承
変化。
1か月も2か月もずっと拾い続けたわけだが、ある時、それは変化する。
季節は例年より早い梅雨入りを宣言している。
このブログ掲示板でもたびたびご紹介してきたが、教養堂の花壇のガーデニングを始めた。
春の新学期シーズンが終わり、私もようやく校舎の外にまで気を配る余裕が出てきた。
それまでは花壇まで気が回らなかった。
だから雑草も伸び放題で、冬に落ちたであろう枯葉も雑然と放置されていた。
教養堂の花壇の整備はそういう私の心境変化である。
5月半ばより、ひまわりの種を植え、シークヮーサーの木を植え、そして最後にレモンの木を植えた。
いつも地中海ブレンドのボスが捨てられていた場所は、そのレモンの木を植えた辺りである。
私は右から順に花壇を整備して、ようやくいつもポイ捨てされる辺りにたどり着いたのである。
レモンの木を植えた翌日。
私は不安と期待でおそるおそる教養堂に出社した。
空き缶は、やはり捨てられているのであろうか。
レモンの若木の整地した土の上に堂々と捨てられているのだろうか。
地中海ブレンドのボスが。
出勤した私はまず空き缶を確認した。
すると、はたして、空き缶はなかった。
地中海は捨てられていなかったのだ。
レモンの若木がついにポイ捨てに勝った瞬間だった。
私は思わず、笑みがこぼれた。
“甘さ控えめのすっきりとしたアイス専用コーヒーです”
転
刹那。
私の焦点が右側に移動した瞬間、蜘蛛の糸が切れたかのように、私は奈落の底へ叩き落された。
レモンの横に植えた生け垣をはさんで、右隣のシークヮーサーの木の根元に、ヤツは姿を見せた。
地中海ブレンドのボスが。
“きりっとした苦み、コク、キレ” ……。
ポイ捨ての主は明らかに花壇の左から右へ歩いて来て、一瞬、レモンの木を見てポイ捨てを躊躇したにちがいない。
しかし、すでに手からは地中海が離れようとしている。
わずかな善なる心が新しいレモンをさけたものの重力には逆らえず、シークヮーサーの方に捨てたのだ。
地中海ブレンドのボスを。
実は、レモンの木の方には、「レモン」という名札をかけておいたのだ。
この名札は、植えた人の愛着を表す働きがある。
しかし、シークヮーサーには名札はかけていない。
単なる苗木、もしくは見方によれば気合の入った雑草に見えなくもない。
あくる日、私は小雨の降る中、アジサイを挿し木して、たくさん植えた。
そしてシークヮーサーの前にもこれ見よがしに紫の可愛らしいアジサイを植えておいた。
こうして教養堂の花壇には寸分の隙もないほどに、きれいに整地された花壇ができあがった。
さて、このきれいな花壇に、地中海ブレンドを投下できるかな。
結
停戦。
そして翌日。
花壇のどこをさがしても空き缶は見当たらなかった。
今度こそ、教養堂の花壇はポイ捨てに勝ったのだ。
よこしまなポイ捨てに草花が勝利をつかんだのだ。
ついに善の心を引き出したのだ。
私はまるで凱旋将軍のような足取りで意気揚々と教室に入った。
こうして空き缶のポイ捨てとの長い攻防戦は終わりを告げた。
梅雨入りの初めの雨模様とはうらはらに、私の心はどこまでも晴れやかだった。
しかし、私は安心などしていない。
私にとって、
花壇の手入れが疎かになった時、
心にゆるみや驕りが出た時、
刺激のない冗漫な毎日に馴れきってしまった時、
“甘味、ミルク感”
そんな時、
姿を現す。
そう、
ヤツは姿を現すんだよ。
地中海ブレンドのボスがね。
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