勉強の話 2018年11月6日|火曜日
教養堂のこだわり教材② 『金印』(漢倭奴国王印)
出ました!「漢倭奴国王」の『金印』ですね。
-そうです。歴史では、日本がはじめて文献に登場するのがこの『金印』です。
たしか福岡県の志賀島で発見されたのですね。
-それまでは書物に書かれているにすぎず、謎とされていたのです。西暦57年、『後漢書』の「東夷伝」に書かれており、漢の光武帝が「倭」の「奴国」の使者が貢物をもってきたので『金印』を授けた、と書かれているだけでした。
それが江戸時代になって発見されたのですね。
-1784年に志賀島のお百姓で「甚兵衛」さんという人が届けたのですが、やはり落し物はちゃんと届けたのが良かったということですね。
その後、どうなったのですか?
-福岡藩は地元の儒学者、亀井南冥(かめいなんめい)にこの金印を鑑定してもらったのです。南冥はこれがあの「漢倭奴国」の『金印』だと判断して、その説が現代にいたります。亀井南冥の存在も大事なポイントです。
どうして志賀島にあったのでしょう。
-諸説あるのですが、今の所はっきりしたことは分かっていません。ここは想像するしかないですね。
この『金印』はもちろんニセモノですよね。
-何をおっしゃいますか! れっきとした本物ですよ!!
だって、『金印』は国宝でしょう。現に福岡市博物館の所蔵品ですよね。
-そうですよ。そこの福岡市博物館の「ショップ」で買ってきた、ちゃんとした本物の、由緒正しい……レプリカ(模造品)です!ちなみに3,999円しました。……買う時にちょっと勇気が入りました。
本物の…レプリカ。ちゃんと木箱に入っていますね。
-ワタクシとしては、レプリカでさえも現地で購入すべしというマイルールを自ら課しております。
は、はい…。
-専門家の監修のもと作られています。大きさ、重さは本物と変わりません。これを初めて見る人は驚きますよ。そして持ってみるとさらに驚きます。
百聞は一見に如かず、ですね。
-そうなんです。実際、福岡市博物館の常設展示に行くと、入っていきなりありますからね。それで、「ええ!これがあの本物の金印なのか!」とびっくりしますよ。実物を前にすると、サイズ感や存在感が、教科書の写真で見ただけではわからないので、びっくりします。私はある意味、ショックでした。
(実際の『金印』)
(印文)
-福岡市博物館では、ガラスケースに入っていますが、ガラス面におでこと鼻がつくぐらいまで近寄って、じっくり見て来ました。
どうでしたか?
-いやぁ……。まばゆいんですよ。『金印』の展示室が真っ暗で、金印だけにライトアップしているのですが、光り輝いているんですよ。「金」の輝きは衰えませんね。2000年前の金印が、いまだに輝きを失わないのです。
それに引き換え、レプリカは、遠慮せず触れますね。
-その後、日本は中国の支配圏から脱します。聖徳太子の時代、西暦607年に小野妹子を遣隋使として送り、日本の独立を主張することになります。そうなると、中国からもらった「金印」も意味を持たなくなります。ですから、志賀島の地中に埋めてそっとしておこうと考えたのかもしれません。
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