こんな話 2022年9月5日|月曜日
古書店「教養堂書房」を訪ねて
2017年の9月。
塾を作ろうと思った。
今でも夏から秋へと変わるこの季節が来るとその頃の準備の心躍る高揚感を思い出す。
事業計画を練るため日々パソコンに向かってキーボードを叩いていた。
準備や勉強のため名古屋はもとより東京や大阪へ出張することもあった。
ある会合で名刺を持ってきてくださいと言われた。
まだ名刺はおろか塾の場所も塾の名前すら決めていなかった。
必要に迫られて名刺を作ることにした。
さて塾名をどうするか。
名前がなければ始まらない。
1週間考えた。
「教養堂」という名前にした。 ☞ 「教養堂前夜 塾の名前をつける。」
他にないかWEB検索で調べたが出てこなかった。
その時は。
さっそく街の印刷屋に行き名刺を作ることにした。
とりあえず100枚注文した。
発注書に記入した時にこれで後戻りはできないと思った。
教室の場所を決めたらあとは早かった。
ホームページは11月に始動した。
開塾する前にブログ記事を書き始めた。
教室の内装や家具の手配。
授業の準備。
怒濤のように日々が過ぎた。
気づいたら年を越えていた。
2018年2月に教養堂が開塾した。
開塾してから少し落ち着いた。
早春のある日あらためてWEB検索で「教養堂」と打ってみた。
すると学習塾の「教養堂」のほかに「教養堂書房」という名称が出てきた。
驚いた。
厳密には同じ名称ではないもののまさに「教養堂」という名前を冠している。
どうやら古書店らしい。
良い名前をお付けになったものだ。
店主のセンスの良さに感心した。
ホームページはなく画像も出てこなかった。
どんな本を売っているんだろうか。
気になった。
場所はどこだろう。
九州の小倉だった。
小倉には何度も行ったことがある。
小倉北区の馬借という所にその古書店があるらしい。
ここは小倉城からも近いし古くからある「旦過市場」も目と鼻の先だ。
「教養堂書房」さんの方が「教養堂」の名乗りは先輩だ。
「同じ名前でやっています。」とお伺いに行ってみるか。
怒られたらどうしよう。
先に本をたくさん買ってから弁明するか。
土産物持参で行くか。
教養堂の文房具グッズも持っていくか。
古書店の店主は大概がおじいさんで怖そうなイメージである。
たぶん眼鏡はかけている。
黒縁だろう。
ぶ厚いレンズの老眼鏡だろうね。
眼鏡を鼻にかけ上目遣いでしげしげ見られると思う。
覚悟していくか。
しかしなかなかタイミングが合わず時が過ぎてしまった。
「教養堂書房」のことが再び気になったのは2022年になってからだ。
2022年の4月と8月に2度の火災が旦過市場を襲った。
あの本屋さんは大丈夫だったろうか。
ようやく夏期講習が終わり休みが取れた。
授業の取材のため九州へ行くことになった。
九州に入ってまずは小倉に寄ることにした。
森鷗外が住んでいた旧居や八幡製鉄所を見学したのち馬借に行くことにした。
いよいよ「教養堂書房」を訪問する。
馬借の「みかげ通り」を歩けばすぐ分かるだろうと思ったが迷った。
古本屋が見当たらない。
ただ一軒あるにはある。
ブックオフだった。
かなり大きい。
1階はすべてプラモデルでエレベーターで2階3階へと書籍コーナーになっている。
まさかここではあるまい。
通りの左右を1軒1軒しらみつぶしに歩いたがなかった。
そこで近くの不動産屋の事務所で聞いてみることにした。
引き戸を開け「ごめんください」というと中から返事がして女性が出てきた。
「このあたりに古本屋さんがあったと思うのですが。」
と聞くと女性はああと言って指をさした。
「左へ出てまっすぐいきますとねありますよ。」
「左でまっすぐですね。」
「ええ。ブックオフが。」
「あ。ブックオフじゃなくて『教養堂書房』というんですが。」
女性は少し考えこんで答えた。
「教養堂書房。それなら通りを右に行くともつ鍋屋さんがありますのでその隣でしたね。でもなくなりましたよ。」
「え?もうされてないんですか?」
「2、3年前にご高齢ということでおやめになったようですよ。長いことされてたんですけどね。」
お礼を言うと事務所を出てすぐ向かった。
左には橋があってすぐ旦過市場である。
火災後の撤去処理でブルーシートがかかっておりクレーン車などが出て重機の音を立てて作業をしている。
右手に折れるとやや大きめの商業用ビルがあり右に薬局左にもつ鍋屋がある。
その間に小さな可愛らしい間口のお店の跡があった。
間口は狭いが奥に長いお店のようだ。
シャッターが下りている。
「貸店舗」のシールが貼ってあった。
「ご相談ください。」
と不動産屋の名前が書かれた紙に手書きで書いてある。
ここだったか。
先輩の「教養堂」はなくなっていた。
黒縁の老眼鏡をかけた教養堂書房の店主の頑固そうなおじいさん(全くの想像)についぞご挨拶を果たすことができないままになった。
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