本の紹介  2017年11月24日|金曜日

『火の路』

『火の路 上・下巻』 松本清張 著 文春文庫

 

昭和のサラリーマンは、司馬遼太郎と松本清張を糧に高度経済成長を支えたと言ってもいいだろう。

私が松本清張に初めて出会ったのは、中学生の頃に徹夜して読んだ「点と線」だ。これは今でも推理小説の最高峰の一つだ。

 

松本清張の前半生は40歳までの北九州市小倉の会社員時代と芥川賞受賞したその後に、くっきり分かれる。40歳過ぎて人生が変わり、死ぬまでを作家として全うした。

しかも高等小学校卒という肩書で、アカデミズムや政治家などのエリートにも一歩も譲らなかった。清張の目からは、どんな権力者も丸裸にされる。本質を見抜く眼力がずば抜けて高い。世の人がこれは自明の常識だと思っているものを、そうではないと看破する。だから真の教養人とはこういう人を言うかもしれない。

清張は同級生が中学校など進学していくのを悔しい思いで見ていた。勉強したいのに、小学校を出て生活のために働かなければいけなかったからだ。それにも関わらず働きながらも自分の好奇心のおもむくままに勉強をし続けた。すべて独学である。

だから、今の恵まれた環境にいる子どもたちには、こういう人が日本にもいたんだと教えてあげたい。

私は、清張の出身地である小倉の「清張記念館」に2回訪れたことがある。小倉城に近い一番の中心地にある素晴らしい記念館である。

死ぬ間際まで小説を書き続けた偉人である。作品は膨大である。すべてを読むことは不可能かもしれない。

その中で、『火の路』を取り上げたい。

この作品は推理物と歴史物を併せ持つ大作である。

大学で古代史を研究する女性が、飛鳥時代の研究をしていく中で、ある推理に至る。それがシルクロードから伝わったものに、古代ペルシャのゾロアスター教(拝火教)の影響があるのではないか、という大胆な仮説から日本とペルシャに舞台を広げる壮大な物語である。

小説の中に、主人公の発表した論文が2,3入り込む形式も斬新である。また、権威に鼻をかけたアカデミズムの閉鎖性を指摘する視点も清張らしい。

 

日本の歴史や文化には、2つの見方がある。

1つは、独自論である。島国の日本は世界にも例を見ない特異な歴史と文化を持つという見方。

もう1つは、普遍論ともいうべき見方。日本も世界史の中の一つであり、海外や大陸からの影響はあるし、発展の仕方も世界史と軌を一にしているという見方。

私はどちらかというと、世界とのつながりでの日本という普遍論の視点で見る癖がある。

この『火の路』は、飛鳥時代にペルシャ文化が入り込んで宗教的な儀式があったのではないかと提示する。

確かにシルクロードはペルシャを通って奈良まで続いていたのだから、大陸から来たのは仏教だけではないはずだし、仏教自体もゾロアスター教の影響があるかもしれない。この本を読んで、視野がさらに広がる。仏壇に線香をあげる時、ろうそくに火を灯す時、遠いペルシャを感じてしまう。

飛鳥時代はもっと大陸とのつながりが今より近い感覚だったのではないだろうか。

この本を読むと、興味がさらに広がる。知的に広がる感覚を与えてくれる。そして、その感覚はずっと細胞が覚えていて、ある時、無意識にふと別の角度からさらに興味が出てくる。

名作は、内容を忘れても身体が忘れさせてくれないのだ。

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