本の紹介 2021年2月4日|木曜日
『人新世の「資本論」』
名古屋の私立東海高等学校
2020年度 入試問題 国語
大問1では環境問題をとりあげています。
斎藤幸平 著 「気候危機と世界の左翼」の一節からの文章の出題。
問4
「資本主義的なロジック(論理)」について、それに適合する例を一つ選びなさい。
1 白熱球から電気消費量の少ないLED電球に交換する。
2 家族が同じ部屋で団欒し、空調と照明の利用を減らす。
3 古くなったハンドタオルを雑巾として利用する。
4 自家用車を持たずにカーシェアリングを利用する。
5 家庭で出た生ゴミを堆肥として家庭菜園で利用する。
どれも環境問題に対応した態度だと感じますが、この中で一つだけ資本主義の論理に即したものがふくまれています。
環境問題は日々進化しており、知識のアップデートが必要です。
そういう意味で、今の世界標準の基本ベースとなるもののおすすめは、
NHKスペシャルの環境問題特集
2021年1月9日・2月7日・2月28日の3回にわたり放映される 「2030年 未来への分岐点」 シリーズです。
第1回放送分だけでも地球環境の切迫した課題点が分かると思います。
ただし、この番組でも取り上げている「SDGs」についても、それに基づいた政府や企業の動きは気候変動を止められず、結局はアリバイ作りのようなものになっており、著者からすれば、「それは大衆のアヘンに過ぎない」と断じています。
議論のベースを作る意味でも、ご覧になると良いと思います。
※SDGs(Sustainable Development Goals)=持続可能な開発目標は、2015年9月の国連サミットで採択された、2030年までに達成するために掲げられた17の大きな目標。
その著者が新たに書き下ろしたのが今回ご紹介する本書で、今後色んな分野で言及されることが多くなると思います。
また、入試問題の国語や小論文の環境問題に関する分野の内容にも、今後少なからず影響はあると思います。
教養堂のほんの紹介、今回はこちら。
『人新世の「資本論」』
著者 斎藤幸平
発行 集英社新書
初版 2020年9月21日
集英社新書からの出版です。
「新書」というと、雑誌の特集記事よりはしっかりまとまり、専門書に比べて比較的平易に書かれ、専門家や第一人者が初心者でも分かりやすく書き下ろしたもの、という印象があります。
しかしながら、本書は新書版の体裁を取りながら、なかなか読み応えのある内容です。
通常の新書の3〜5倍ほどの情報量がある感じです。
筆者は、マルクス経済学を専門とする若手研究者です。
「共産党宣言」や「資本論」に書かれた内容からさらに進んだ、マルクスがたどり着いた晩期の思想を研究されており、メディアでも積極的に発言されています。
本書は、環境問題の運動しているスウェーデンのグレタ・トゥーンベリさんら、Z世代(1990年代半ば〜2000年代序盤生まれの世代)に向けて書かれた「人新世」の時代にどう生きるかを、マルクスの思想をベースに説いた内容で、著者はZ世代のひとつ前の「ミレニアル世代」にあたります。
まず「人新世」(ひとしんせい)という時代の定義ですが、これは地質学的な年代の新しい定義で、パウル・クルッツェンが唱えています。
現在は、新生代第4期の「完新世」に当たります。
ちょうど最終氷期が終わった1万年前から現代までです。
その後に位置する、すでに突入している現代を「人新世」と定義付けました。
人間たちの活動の痕跡が、地球の表面を覆いつくした年代という意味です。
例えば、地球上のどこでも人類が作り上げた物にあふれているという指摘です。
ゴミや廃棄物で、地上だけでなく海の中ですらも覆われています。
そのような時代に地球環境問題の原因として、産業革命以降の行きすぎた資本主義の問題点やメカニズムが分かりやすいです。
「SDGsは大衆のアヘン」
「オランダの誤謬」
など興味深い考察もあります。
資本主義の論理から、環境問題を考えても、それは単なるアリバイ作りであり、ポーズだけに過ぎない、というわけです。
そこまで、地球が持たない時代に入っているというわけです。
本書は晩期マルクスのまだ一般的には知られていない思想も知ることができます。
マルクスは一般的に進歩主義、唯物史観、ヨーロッパ中心主義というイメージが持たれていますが、後期には熱心に南米の農業について研究していたり、現代に通ずる環境問題にも言及していたりして、新しい発見があります。
そして、もし人類が資本主義を選択しなかった場合の歴史の可能性についても、本書から想像できます。
資本主義の世の中が当たり前だといつの間にか思って生きているのですが、実はそうではない別の社会システムもあるということです。
本書はそれだけではなく、それを上回るインパクトで、地球環境問題についての切実かつ喫緊のの課題を読者に提示します。
環境問題の概要をわかりやすく示しているのも本書の特徴です。
1989年にベルリンの壁が崩壊して冷戦時代が終わりましたが、その後に新自由主義が世界に蔓延した結果、環境問題が加速しました。
今は、もう後戻りできない大分岐の時代にある、と本書では述べています。
2021年は、コロナ禍とともにひとつの時代の終わりと始まりの時点であると、あらためて認識できます。
資本主義の問題点として昨今、話題になっているのが、「ブルシット・ジョブ(bullshit job)」の問題です。
「クソどうでもいい仕事」と訳されます。デビット・グレーバーが提唱しました。
特に私はここの記述が興味深かったです。
高給を取っている職業や一見重要そうに見える仕事でも、自分の仕事がほとんど社会の役に立っていない、無駄な業務のために、毎日、時間を浪費しているという疎外を多くの人が感じながら仕事をしているという視点です。
20世紀のあいだに生産力は飛躍的に上昇したにもかかわらず、労働時間は減るどころか、増えていき、意味の無い業務に翻弄されるというパラドックス。
一方、社会の再生産にとって必須の「エッセンシャル・ワーク(「使用価値」が高いものを生み出す労働)」ほど、低賃金で、恒常的な人手不足であるという指摘があります。
エッセンシャル・ワークはケアやコミュニケーションが重視されマニュアル化がなされない分野です。
「感情労働」とも言われます。
そしてサービスの受給者が、スピードアップを求めていません。
しかも生産性を上げることが目的ではなく、時間をかける必要がある分野です。
福祉や教育関係がそれにあたります。
この問題点について、著者は社会構造の転換の必要性を示しています。
本書の目次を示します。
第1章 気候変動と帝国的生活様式
第2章 気候ケインズ主義の限界
第3章 資本主義システムでの脱成長を撃つ
第4章 「人新世」のマルクス
第5章 加速主義という現実逃避
第6章 欠乏の資本主義、潤沢なコミュニズム
第7章 脱成長コミュニズムが世界を救う
第8章 気候正義という「梃子」
ここで、まず環境問題と資本主義の問題点を分かりやすく説明されているのが、第1章と第2章です。
環境問題の現在点をおおよそ把握するためには、この2章分を読むだけでも勉強になります。
そして、第3章は環境問題はこのまま放置されたらどうなるか、という近未来の4つの道筋が提示されます。
これはすでに各国で起こりつつある現象で、いずれそうなるというのが予想できます。
第4章から第6章はマルクスの晩期の思想から現代の問題点を炙りだします。
第7章と第8章で、具体的な著者の考える指針が述べられており示唆に富みます。
新書と言えども、かなりの情報量です。
第1章から順番に読むのがいいのですが、おおよその概要をまずはつかみたいという人には、以下のような読み方もお勧めします。
第1章〜第3章 地球環境問題と資本主義の問題について把握できます。
↓
第7章〜第8章 著者が示す近未来の第4の方策を軸に、可能性を探ります。
↓
第4章〜第6章 マルクスの晩期の思想から現代の問題点をフィードバックします。
本書を読んで、2点考えさせられました。
1つは、地球環境問題の切迫。
今の子供たちが社会で活躍する近未来。
気象変動による生活の激変。
このまま行くと、2030年には平均気温が1.5℃上昇し、2100年には平均気温が4℃上昇すると考えられ、後戻りはできない分岐点を越え、それによる社会変動が起きると予想されます。
例えば、自然災害による貧困化。
2100年というと今の10代の子どもたちが生きている現実的な時代です。
もう1つは、環境問題に関連するかもしれませんが、それ単体でも非常に大いなる問題である、
「ブルシット・ジョブ」問題。
今の子どもたちが、前向きにしっかり勉学に励み、望みが叶った先に待っている社会が、
実は、「クソどうでもいい仕事」に従事せざるを得ないような、仕事の目的を見失うような職場環境だったらと思うと、悲しいです。
最後に、地球環境問題というのは、あらゆる教科科目に関連する総合知の問題だと思います。
義務教育最終学年の中学の教科書では、理科や社会の最後の単元はおおよそ地球環境問題です。
英語にも最後の読み物のリーディングには環境に関する長文がありますし、数学は標本調査などです。
環境問題には数学的な調査は欠かせません。
国語に関しては論文や資料の読み込みの仕方としての基礎学力にあたります。
つまり地球環境問題はあらゆる教科に関連し、または収斂する大きな問題と言えます。
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